大判例

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大津地方裁判所 平成7年(行ウ)6号 判決

原告

獅山向洋

被告

井伊文子

井伊直豪

井伊直久

鳥巣純子

右四名訴訟代理人弁護士

正木丈雄

被告

彦根市長 中島一

右訴訟代理人弁護士

岩城裕

事実及び理由

第四 争点に対する判断

一  請求の趣旨第一項の訴えの適法性

地方自治法二四二条の二が、普通地方公共団体の住民に対し、個人的な権利・利益にかかわりなく、住民としての資格において当該普通地方公共団体の機関又は職員の違法な行為を予防又は是正するための訴訟を提起することを認める特殊な訴訟類型であることに鑑みれば、本条の請求ができるのは、同条第一項が定める訴訟類型に限られるというべきであるところ、本件の請求の趣旨第一項の所有権確認請求は、その請求の類型自体、同条のいずれの訴訟類型にも該当せず、当該訴えは不適法である。

二  請求の趣旨第三項の訴えの適法性

前記一のとおり、地方自治法二四二条の二に基づく請求は、同条第一項が定める訴訟類型に限られ、同条第一項四号に基づく、職員の違法な行為又は怠る事実にかかわる相手方に対する住民の代位請求も、法律関係不存在確認請求、損害賠償請求、不当利得返還請求、原状回復請求、妨害排除請求の五種類のみに限定されているというべきである。

しかし、本件の請求の趣旨第三項の請求は、請求原因によれば、贈与契約に基づく債務履行として「彦根屏風」の引渡しを請求しているものであるから、同条項四号のいずれの請求にも該当せず、当該訴えは不適法である。

三  地方自治法二三四条五項等に基づく契約書作成の必要性

彦根市契約規則の規定全体や同規則二四条の契約の確定手続、二五条の契約書の記載事項、二六条一項の契約書の作成義務が免除される場合等の規定を見るに、同契約規則は、売買、貸借、請負及びこれらに類する契約について定めを置いたものではあるが、いわゆる「寄付」などの贈与契約についてまで、寄贈者及び市長の双方の記名押印のある所定の形式の契約書を作成することを義務づけた規則であるとは解釈しがたい。また、彦根城博物館資料取扱要綱二、三条が規定する博物館資料寄贈申込書及び受領書を、地方自治法二三四条五項がいう契約当事者双方の記名押印を必要とする契約書と同一視することはできず、これをもって、地方自治法二三四条五項でいう契約書の作成を義務づけている法令であり、博物館資料寄贈申込書等の作成が本件寄付(贈与契約)の成立要件であると解することはできない。

よって、原告が、彦根城博物館資料取扱要綱所定の博物館資料寄贈申込書及び受領書が作成されていることを主張しないことをもって、直ちに主張自体失当であるとはいえない。

四  故直愛による「彦根屏風」寄付の有無

1  原告は、前記のとおり、故直愛は、昭和六〇年三月に、彦根城博物館建設の予算案を彦根市議会に提案することにより、停止条件付負担付寄付の意思表示をした旨主張する。しかし、故直愛が同人所有の文化財等を彦根市に寄付しなくとも、彦根市が同人から寄託を受けるなどすれば、これらの物を博物館に展示することは可能であるから、原告が主張するように、故直愛による博物館の予算案上程がすなわち「彦根屏風」等を同市へ寄付する意思の表明であると見るのは早計である。

むしろ、公職選挙法一九九条の二において、市長にある者を含む公職の候補者等は、当該選挙区内にある者に対し、いかなる名義をもってするを問わず、寄付をしてはならない旨定められていることからすると、市長在職当時に故直愛が、たとえ停止条件を付していたとしても、法に触れる危険を侵してまで、自己の所有物を寄付する旨の意思表示を行うというのは不自然である。

現に、故直愛は、原告宛の昭和六〇年三月一日付け内容証明郵便(〔証拠略〕)の中で、井伊家の所有する彦根藩の歴史資料の取扱いについて、「五九年六月心市議会の特別委員会で『市の方へ寄付をしたいと思っている』と発言したものでありますが、この『寄付』については公職選挙法との関係もあり、これの誤解をとくため、『寄付することは、無理であるため、国立の博物館などで取り扱われている寄託という方法も含めて適切な方法について検討をすすめている』という趣旨で五九年一一月の特別委員会でこれの内容についての修正の発言を行ったものであります。」と記載している。同号証の内容からは、故直愛が、彦根市での保存を望む歴史資料の中に「彦根屏風」を含めているのか否かすらも明らかではないが、たとえこれが含まれていたとしても、同人が、彦根城博物館の予算案上程直前に、井伊家の所有する歴史史料の彦根市での保存方法について、「寄付」以外の「適切な方法について検討をすすめている」との方針であったことが窺われるから、故直愛が、彦根城博物館の予算案の上程によって、停止条件付きの如何を問わず、「彦根屏風」の寄付の意思表示をしたと認めることはできない。

2  また、原告は、平成三年三月、彦根市議会が故直愛に対し文化財等の寄付を仰ぐ旨の議決を行ったのを受けて、同年四月一一日、故直愛は、「彦根屏風」を含む井伊家の文化財及び史料を彦根市に寄付する旨の意思表示を行ったと主張し、〔証拠略〕によれば、故直愛が彦根市議会議長に対し、同日、寄付の意向を伝える文書と目録を手渡したことが、報道機関において取り上げられたことが認められる。

甲六号証の1は、甲五号証の2等の新聞記事、原告本人尋問の結果及びそれ自体の記載内容によって、故直愛が平成三年三月の彦根市議会の議決を受けて作成した文書であり、報道機関において前記のとおり取り上げられていた文書であると認められるが、そこには、「此度 貴議会が誠意ある御決議をいただき敬意を表しますとともに前向きに対応いたす決意であります 併し先にも申上ましたとおり貴重かつ膨大な資料であります。従って今後の保存・活用等につきまして井伊家としても希望条件等もあり整理の上協議を申し上げ貴議会の御理解をいただきたいと存じていますのでよろしく御願い申し上げます」との記載があり、その内容全体に徴すると、故直愛は、右議決を受けて、自己所有の文化財等を市に寄付するか否かについては、前向きに対応はするが即答はしかねる旨を市議会に回答していたことが認められる。

したがって、原告主張のとおり甲六号証の2の目録に「彦根屏風」が含まれ、右目録が同号証の1と共に彦根市議会に渡されていたとしても、これを確定的な寄付の意思表示とは認められず、他に、「彦根屏風」を彦根市に寄付する旨の意思表示があったことを窺わせる証拠もない。

3  なお、原告は、本人尋問の中で、新聞記事のデータベース等を調べたところ、故直愛が遺言状の中で寄付に関して言及していたことを窺わせるような内容の新聞記事があったと供述し、故直愛が「彦根屏風」を寄付する旨の遺言をしている可能性があるかのような供述もしている。

しかし、原告が新聞社のデータベースサービスによって照会した新聞記事であるとする〔証拠略〕には、「故直愛の課税対象となる遺産額が、彦根税務署の公示で明らかになった。同人が所有していた名宝や古文書などの大半は、遺言で彦根市に寄贈されており、文化遺産としては、国宝『彦根屏風』(評価額約十五億円)など美術品八点計約十九億六千万円が遺族に受け継がれた。」旨の記載や、彦根城博物館館長井伊正弘が、談話として「兄である故直愛は生前から、史料などを彦根市に寄贈したいと言っていた。遺言状にも『ゆかりの公共団体へ寄贈するように』とあった。今後、市と協議するが、彦根屏風(びょうぶ)、直弼愛用の茶器、笛など数点以外はすべて寄贈したい」と語っている旨の記載があり、これらの記事からは、原告の主張とは逆に、故直愛が遺言した寄贈の対象からは、「彦根屏風」が除かれていたことが推認される。

4  したがって、故直愛が、「彦根屏風」を彦根市に寄付する旨の意思表示をしたとの原告の主張はいずれも採用できず、故直愛による「彦根屏風」の寄付があったことを前提とする請求の趣旨第二項、第四項の請求は、いずれも理由がない。

五  買取協議員に対する公金支出の違法性

国が文化財等を買取るに際して、文化庁長官は、買取協議員を、学識経験者の中から委嘱し、その意見を聞くこととされている(丙六号証「国宝、重要文化財等買取要領」)。これに準じて、地方公共団体が国宝等の文化財を買取ろうとするとき、地方公共団体の長が、買取協議員を委嘱してその意見を聞くことは、買取協議員の委嘱について規定する条例等がなかったとしても、地方公共団体の長の裁量の範囲に属する行為として許されるというべきである。

そして、条例等に基づかずに委嘱された買取協議員は、地方自治法一三八条の四第三項が「法律又は条例の定めるところにより」設置することができるとする「執行機関の附属機関」ではないから、地方自治法二〇三条に基づく報酬、費用弁償を支給することはできないが、地方公共団体に対して役務提供があった場合には、役務に対する相当な対価を地方公共団体から支給しても違法とはいえない。

そこで本件を見るに、〔証拠略〕によれば、本件買取協議員は、彦根城博物館学芸員、彦根市議会議長、同市議会民生文教常任委員長の彦根市関係者三名の他、滋賀県関係者、大学教授、県立美術館館長、博物館館長、国立博物館学芸課長等、いずれも「彦根屏風」の買取りに関し意見を求めることが相当と思われる行政関係者あるいは学識経験者であり、また、〔証拠略〕によれば、右買取協議員九名のうち行政関係者以外の五名に対して、彦根市が委嘱する各種委員の報酬日額に準じて、一人当たり五二〇〇円が支払われ、また、平成七年一月三〇日に開催された前記買取協議員会に出席した協議員七名のうち三名(いずれも行政関係者以外の者)に対して、旅費として合計五三二〇円が支払われたことが認められる。右報酬額は、当該買取協議員が有していると推定される学識経験、社会的地位等に照らしても、「彦根屏風」の買取りという市の行政事項に関して参考意見を提供した対価として相当な額といえる。また、族費の支払額についても、相当なものと認められる。

原告は、(一) わずか一回の会合で買取りの結論が出されており、このような経過を見るとき、この協議員会は当初から意図的に買取りの結論を予定していたと考えざるを得ない、(二)「彦根屏風」のような高額物件の売買について何ら買取り金額を検討させず、単に買取りの可否のみを検討させるのは、極めて非常識である、(三) 買取協議員会の協議員九名のうち、利害関係のある博物館職員を除けば、彦根市民の代表といえるのはわずか二名に過ぎない、(四) 買取協議員会の結論は、会議規則に従って出されるべきであり、また、協議員会は、協議員が出席して賛否両論を戦わしてこそ、その意義と存在価値があるのに、改めて協議員会を開催しないまま、欠席した協議員の意見を個別に聞いて、協議員会事務局が全体としての意見を集約して被告市長に報告したというのであって、旅費まで払って招集する必要のない協議員会であった、(五)買取協議員会に関しては、その目的、趣旨、協議員の構成等について予め公表されず、極秘裡に準備・招集された等を理由に本件買取協議員への公金支出が違法であると主張している。

しかし、前記のとおり、本件買取協議員会の設置目的が、「彦根屏風」の買取りにあたって、学識経験者等の意見を聴取することにあること、各買取協議員は市長から個別に委嘱を受けている存在にすぎず、買取協議員会という機関が組織されているわけではないこと、「国宝、重要文化財買取要綱」においても、文化財の評価は買取協議員は行わず、評価員が行うこととされ、さらには買取協議員は評価員を兼ねることができないと規定されていることなどからすれば、その構成や意見聴取の内容、方法について原告が(一)ないし(四)で主張することが違法事由にあたるとは認められず、(五)についても、買取協議員の構成等を予め公表しなければ違法となる理由はないことから、原告の主張はいずれも失当といわざるを得ない。

したがって、買取協議員に対する公金支出が違法であるという点についても、原告の主張は採用できない。

六  以上より、原告の請求のうち、請求の趣旨第一項、第三項の請求にかかる訴えについては、不適法であるからこれを却下し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鏑木重明 裁判官 森木田邦裕 山下美和子)

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